【バレンタイン戦争】

 バレンタインの翌日
 
 もやもやした気持ちをふっきるように、フミは全速力で生徒会本部まで走った。
 肩で荒く息をしながら、扉を遠慮がちにノックする。
 頭の中では泣きそうに歪んだ加藤紗枝の顔がぐるぐると回っている。
 ひどいことをしてしまった・・・・・・
 人を傷つける権利など、誰にもないはずなのに、自分は加藤を傷つけた。
 何にも考えずに行動するからだと、いつもヒコに怒られていた言葉がグッサリと突き刺さる。
 こんな時はヒコに側にいて欲しかった。
 たとえヒコのせいで自分がこんなに悩んで、何の関係もない加藤紗枝を傷つけたのだとしても、ヒコに側にいて叱って欲しかった。
「バッカじゃねーの・・・・・・俺」
 フミが小さくつぶやくのと同時に、生徒会室の扉が中から開かれた。
 何にも考えずに呼び出しに応じて逃げるようにやってきてしまったけれど、中には朝倉一人。
 その様子に二の足を踏んだフミの腕を取り、強引に朝倉が中へと引っ張りこむ。
「手、離してくださいっ!」
 慌てて引っ張られている腕を朝倉から取り返すと、フミはできるだけ朝倉との距離を保ちながら、扉の方へ背を向けた。
 いつでもこのままくるりと回れ右して帰れるように、自分の背後に扉を置くという学習能力は備わっていたようだ。
「遅かったね。呼び出し聞こえにくかったのかな?」
 警戒するフミの様子を微笑ましく見ながら、朝倉が小首をかしげて問うてくる。
「・・・・・・何の用っすか?」
 フミは朝倉との距離を測りつつ、用心深く尋ねた。
「つれない言葉だね~君のためを思って呼び出してあげたつもりなんだけど?中庭で彼女とランチどうだった?」
「な、何でそれ知ってるんですか!?」
 片眉をいたずらっぽくあげながら、朝倉が小さく笑う。
 何でもお見通しだとばかりのその様子に、フミがムッとするのを面白そうに腕組をしながら眺めているのがさらに気に障る。
 フミは手のひらをぎゅっと握り、拳を固めた。
「君のことなら何でも知ってるよ、僕は。で、呼び出しに応じたってことは、もう別れたのかな?」
「・・・・・・」
 握り締めた拳をさらに深く爪が食い込むぐらいにぎゅっと力を込める。
 その手をいつの間に近づいてきたのか、朝倉がそっと握り開かせてやりながら、力を込めたせいでついた爪あとをそっと撫でる。
 そのしぐさにフミが壁際まで飛びのくのも無理はないぐらい、危険な香りが漂っている。
 今にもそのまま抱きすくめられて、またキスでもされそうな雰囲気だ。
「黙ってちゃ分からないよ」
 飛びのいて壁際まで逃げたフミの怯えた様子が楽しくてならない朝倉は、扉への逃げ道をさり気なく遮断しながら、フミに一歩一歩ゆっくりと近づいていく。
「先輩には関係ない」
 フミがぷいっと横をむいたすきに、朝倉は歩幅を大きくして素早くフミの前へと立ち、両腕で壁と自分の腕との間にフミを閉じ込めることに成功した。
「関係あるよ。君はまたきっと忘れてるんだろうけど、僕は君が好きなんだって言っただろう?」
 フミが逃げられないぐらいに自分の体を密着させると、そのまま腕の空間を縮めていく。
 身長差があるので、少し膝を曲げなければフミの顔を覗き込むことはできないけれど、真っ青になってあわあわしているだろう表情は容易に想像できた。
 フミのこの少し抜けているところも、朝倉にとっては愛すべきところである。
 ヒコのことで手一杯で、フミは朝倉の告白を本能で警戒はしていたけれども、すっかりといっていいほど綺麗さっぱり忘れ去っていたのだ。
 壁際まで追い詰められて、こんなふうに腕の中に閉じ込められて、本人に再度忠告されて思い出すなんて馬鹿じゃなかろうかと自分の記憶力の悪さを恨まずにはいられない。
「お、俺は断ったはずだ!先輩のことはどうやったって好きになれない!」
 ブンブンと頭を横に振りながら、フミが拒絶を示す。
 しかしそんなことで朝倉が諦めるわけはない。
 まったく動じることなく、さらにフミとの間合いをつめてくる。
 じりじりと密着度を深くしていっていることに、自分のことに精一杯なフミは気づいてもいない。
「どうして?男同士だから?」
 吐息がふれあいそうなほど近くで、朝倉が低くよく通る声で囁く。
「そ、そうだよっ!男同士は付き合えないに決まってる!」
 ゾクリと肌が粟立つのを振り払うように、フミがさらに頭をブンブンと横に振る。
 あまり激しく長く降り続けるものだから、眼の中がチカチカとしてきて半分酸欠状態になってしまった。
 クラクラとくる頭に何度も息を吸う。
 それを面白そうに間近から朝倉が見ているのにフミは気づいていない。
「付き合ったことないのに決め付けられるのは僕としては心外だよ。僕はいい恋人になると思うよ。君のことを誰よりも分かっているし、誰よりも好きなんだからね。ちょっとだけ試しに付き合ってみてから返事をくれるっていうのはどうだい?」
「た、ためしにって、そんなことできるわけないだろう!」
「あの彼女とはできるのに?」
「できねーから別れたんだろうが!」
 誘導尋問にあっさりと引っかかったフミは、しまったと言う様に口を慌てて押さえた。
 ニヤリと朝倉が楽しそうに目の前で微笑む。
「・・・・・・そう、良かった。やっぱり別れたんだ。そうだよね、試しに付き合うなんて女の子には失礼だよね。でも僕は僕が承知で試していいって言ってるんだから、一度試しに付き合ってみてくれないかい?」
 罠にかかった獲物を捕らえるまでもう一仕事とばかりに、容赦なく朝倉は言葉巧みにフミを陥落しにかかる。
「試しにとかそんなのもできねーし、先輩とは付き合えないって言ってるじゃん!何で皆して俺にそんな無理なことばっか言うわけ!?俺を困らせて楽しいのかよ!?」
「・・・・・・皆って?誰と誰のこと?」
 予想外のフミの言葉に、朝倉の表情がいっきに曇る。
 さっきまでの獲物を追い詰める楽しげな笑みがスッと消えて獰猛な表情が目の前に現れる。
 フミはその変化を目の当たりにして、知らずごくりとつばを飲み込んだ。
「・・・・・・先輩には関係ない」
 それでも強気に言葉は口をついて出てくる。
 フミの言葉に朝倉の目がスッと細められるのに、首筋がヒヤリと冷たくなる気がした。
 今のフミはライオンに睨まれた草食動物のようである。
「また関係ないかい?キスまでした中なのに関係ないってひどいね。関係ないなんて言えないような仲にしてやろうか?」
 朝倉はそう言うと、腕の中にフミを閉じ込めたまま足を絡めた。
 両腕はいつの間にか手首をつかまれ、壁に押し付けられている。
 絶対絶命のピンチ!
 そんな漫画みたいな言葉がフミの脳裏に浮かんで、それはすぐにヒコの怒った顔にすり替わり、弾けた。
 どうしていつもこんな時にはヒコの顔が浮かぶんだろう。
 ヒコに裏切られたはずなのに、どうしてこんなピンチの時には他の誰でもなく、ヒコの顔しか浮かばないんだろう・・・・・・
『ヒコの馬鹿野郎!』
 フミは脳裏に浮かんだヒコに向かって胸の中で毒づいた。
 




  


【つづく】



★今年最初のバレンタイン戦争がこんなに遅くなってしまってもうしわけありません(^-^;)
いや〜今年も私の小説の書くペースは遅そうです。
しかしこのバレンタイン戦争はバレンタインには無理そうですが、ホワイトデーまでにはなんとか終わらせたいかなぁ・・・なんて無謀な野望を抱いております。長くなっても頑張るわ、最後の追い込みっ!
ということで、今年もどうぞのんびりと宜しくお願いします(^-^;)

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