【バレンタイン戦争】

バレンタインの翌日
 
「あれはどういうこと?もしかして昨日告白されて付き合うことにしたなんて間抜けなことはないだろうね?」
 フミと加藤紗枝とのやり取りを偶然登校してきたとたんに眼にした朝倉が、チロリとヒコに視線を流しながら問う。
「・・・・・・」
「君たち何してたの、昨日は?ガードちゃんとしてたんじゃなかったのかい?邪魔するだけじゃなく、役立たずだね」
 自分たちのガードの甘さに対する嫌味をいいながらの朝倉の鋭い視線に、ヒコは睨み返す。
「こういうことを防ぐために、僕は君たちのことを黙認しているんだから、ちゃんと動いてもらわないとほんと困るよ」
「黙認してるって別にあんたに許してもらう必要もないし、あんたのために動いてるわけでもない。しかも、原因になったあんたに言われたくないですね。あんたがフミに余計なことするからガードが甘くなったんじゃないか」
 黙って無視しているつもりだったけれど、ついつい腹立たしさに朝倉に言い返してしまい、ヒコは珍しくポーカーフェイスを崩して腹立たしそうに視線をフミの後ろ姿へと戻す。
 きっと加藤紗枝に断りにいって断り切れずに、自己嫌悪に陥っていることだろう。
 その元気のない後ろ姿に、側に行って抱きしめて甘やかせてやりたい衝動にかられる。
 フミを手に入れるために、あえて兄としての自分の立場を捨てたけれど、それは思ったよりもヒコにダメージを与える。
 フミに拒絶されるのはつらい。
 ユキに甘える姿をみるのはつらい。
 視線すら合わせてもらえず、怯えるように後ずさられるのは、はっきり言ってヒコを落ち込ませるには十分である。
 長期戦で行くと決めたし、いつか必ず自分がフミを手に入れると決めてはいるけれど、今までの一緒に過ごした時間の甘さがヒコを締めつける。
「とにかく、もううちの弟には構わないで欲しいものですね。あんたの崇拝者はいくらでもいるだろうが。わざわざ険しい道を選ばなくても手近なところで手に入れればいいじゃないですか」
 捨て台詞のように朝倉にそう言い放つと、ヒコは足早にその場を立ち去る。
「その言葉、そっくり君に返すよ」
 去っていくヒコの後ろ姿に、笑いを含んだ朝倉の声が追ってくる。
 その言葉の意味を理解すると、ヒコは小さく舌打ちをした。

「うわぁ〜なんで俺って駄目なんだよ!たった一言、一言でいいんじゃん!なんでそれが言えねーんだよ」
 フラフラと教室に戻ったフミは、机に座ったとたん、頭を抱えて髪をくしゃくしゃと掻き毟った。
「何?結局断ってないわけ?俺が行って断ってやろうか?」
 側にきて様子を見ていたユキが、そう声をかけたが、フミは机につっぷしたまま小さく頭を振るだけで、顔をあげようともしない。
「このままズルズル付き合うわけには行かねーだろうが?気持ちがないならちゃんと断ってやらないとだめじゃん。それとも何?フミは女なら誰でもいいわけ?」
「・・・・・・そんなことねーよ・・・・・・加藤のこと可愛いなとは思うけど・・・・・・今、俺それどころじゃねーもん・・・・・・加藤のことまで考える余裕ないからちゃんと断ろうって思っただけで・・・・・・」
「やっぱりタイプだったか、危ねぇ〜」
 ユキはフミに聞こえないように小さくつぶやき、こんなタイミングでフミにちょっかいを出した朝倉とヒコに内心感謝した。
 もし二人の告白がなければ、フミは有頂天になって加藤紗枝と付き合うことを承諾したことだろう。
「え?何?」
「ん?何もねーよ?そりゃ、ちゃんと断ってやらないとなぁ。彼女になったのにずっとほっぽらかしってのは相手に対して悪いもんな。しかも考える余裕がないなんて、それって好きじゃないってことじゃん?」
「・・・・・・そうだよなぁ・・・・・・そうなんだけどさぁ・・・・・・あの満面の笑顔見てると何にもいえなくなってさぁ。昼は俺の分の弁当作ってきたって嬉しそうに言うんだよ。それなのにそれ食わないで昨日の返事は間違いでしたなんて言えねーじゃん」
 フミが盛大なため息をつきながら、さらに机になつく。
 ユキはその頭を乱暴になぜてやりながら、教室に入ってきたヒコに気づいた。
 鋭い視線で自分とフミを見ている。
 今までヒコがいた場所にユキがいることがムカツクのだろう。
 ユキはヒコに向かって小さく舌を出した。
 ヒコの視線が一層きつくなる。
 昨日から、ヒコのポーカーフェイスが崩れまくっている。
 いつもどんな時でも冷静で涼しい表情を崩さないヒコが、昨日からずっとあの調子だ。
 ついついおもしろくてからかってしまう。
 それぐらいはさせてもらってもいいだろう。
 割に合わない役割をさせられているのだから。
「よぉ、ヒコ。遅かったな」
 わざと声を大きくしてユキがヒコに呼びかける。
 手の中のフミの体がビクリとはねた。
 ヒコの存在がフミを緊張させている。
「朝倉の馬鹿を足止めしてたからな。フミ、大丈夫だったか?」
 ヒコはフミの怯えを承知のうえで、机に突っ伏したまま自分を見ようとしないフミに、いつものようにくしゃりと頭をなでる。
 瞬間、フミの体から力が抜ける。
 甘えるように机に突っ伏していた顔をヒコの方に向け、そこにいつもと違う強い視線を感じて慌ててまた机に突っ伏した。
 もうこれは条件反射としかいいようがない。
 ヒコの手はいつもフミを安心させるためにある。
 ヒコに触れられると安心するというのは、小さい時からの刷り込みなのだ。
 机に突っ伏したフミには見えなかったけれど、ヒコはユキに向かってニヤリと意地悪く笑ってみせた。
 ユキに頭を撫でられても、フミは安心できないけれど、ヒコに頭を撫でられると、その本人に緊張していることも忘れて安心して甘えてしまう。
 それを目の前で見せ付けられて、ユキはヒコの言った『フミは俺のもんなんだよ、ユキ。物心ついたときからそう決めて、そうなるようにずっとフミの側についていたんだからな』という言葉の意味を正確に理解した。
 いったいいつからヒコはフミを好きだったのか?
 ヒコのこういったフミへのスキンシップは小さい頃から目にしてきていた気がする。
 それを計画して実行していたのだとすると・・・・・・考えるだけで恐ろしくなる。
 どれほどの執着をヒコはフミに抱いているのか?
「・・・・・・ヒコ、お前、まじで怖いよ」
 ポツリとユキがつぶやいた。
「褒め言葉と受け取っておくさ」
 それに応えるように小さく笑いをもらしながら、ヒコが言う。
 頭上で交わされる二人の会話に、フミは何のことか分からずに聞き返したかったけれど、今は顔を上げる元気もなく、授業開始までそのまま机に突っ伏していたのだった。
 




  


【つづく】



★フミくんが素直に動いてくれません。
 理屈と駄々をこねてグズグズしています。
 話が進まないよぉ〜(>.<)
 来年のバレンタインかもしくはホワイトデーまでには終わりたいのに、まったく進展の気配なしでまいっております(^-^;)
 そして加藤紗枝。またもや登場できませんでした(笑)

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