【バレンタイン戦争】

バレンタインの翌日
 
「痛いよ、貴文くん」
 フミの渾身を込めたパンチをあっさりと受け止めながら、朝倉がにっこりと笑う。
 その腕は相変わらずフミの腰に回されたままであるが。
「は、離してくださいっ!お、俺は男とキ、キ、キスとかそういうのできませんからっ!」
 こんな状態に陥っていても、いちおう朝倉が先輩だというせいか、フミの口調は非難を口にしていてもまったく効果を出していない。
 朝倉は涼しい顔をして、むしろ微笑ましいとさえいうような表情でフミを見ている。
 ユキとヒコ、呆然と固まったままだった二人だが、我に返りすばやく行動を起こしたのはヒコだった。
 フミの腰を抱く朝倉の手をねじりあげ、腕の中からフミを取り戻す。
 そのまま自分の腕の中へとフミをしまいこむと、朝倉に向かって冷たい視線を投げた。
「朝から人んちの前で、人の弟に変なことしないでもらえませんか」
「場所が悪いのは認めるけど、変なことなんか何もしてないよ、僕は。ねぇ、貴文くん。昨日僕が告白したの忘れてないよね?僕はそういう意味で君とこれからつきあって行きたいと思っているんだけど」
 ヒコの腕の中で硬直してしまっているフミに向けて、朝倉が尋ねる。
 ヒコが苦い顔をしていても、まるでお構いなしだ。
 フミは朝倉の問いに激しく首を横に振る。
 首がもげてしまうのではないかと言うぐらい、ブンブンと思い切り否定をすると、自分をさりげなく抱きしめているヒコの腕をぐいっとおしやり、朝倉とヒコの両方に聞かせるように、仁王立ちしながら叫んだ。
「だ、だから俺は男と付き合うとか絶対にできないんだよっ!」
「付き合ったこともないのに、絶対にできないってどうやって決めるの?」
 フミの一大決心の拒絶の言葉に、朝倉は何でもないことのように質問を返す。
 確かに男どころか、女とまともに付き合ったこともない自分に、そういう質問を返したくなるのはわかるけれど、常識で言うと、普通はそんなことを言われたら諦めるものなのじゃないだろうか?
 今まで朝倉のことをただの優しい親切な先輩と思っていただけに、フミのショックは大きかった。
 どういえば朝倉やヒコに自分の気持ちが通じるのか皆目検討もつかない。
 ブルブルと震えだす体に、見かねたユキが三人の間にわって入った。
「はいはい、そこまでにしてもらおうじゃねーか。うちのフミに変なこと植えこむのやめてもらえねーかな。純情なんだからさ。付き合ってみて考えたらとかあんたが言い出す前に返してもらうぜ。行くぞ、フミ。そんな馬鹿に構うな」
「ユキ〜」
 助かったとばかりに、フミが差し出されたユキの手を取る。
 その手をバシッと叩きたい衝動に駆られながら、ヒコはなんとかそれを思い留まった。
 朝倉がいる手前、自分が行動を起こしたことを悟られてはならない。
 今は自分もまだ兄として手が出せず指をくわえてフミを見ているしかないと朝倉に思いこませていたほうがいい。
 ライバルとしてインプットされてしまったら、朝倉はいろんな手で邪魔をしてくることだろう。
 しかし朝倉は怪訝そうにユキに手を引かれて歩いていくフミを見送っている。
「・・・・・・何かあったのかい?もしかして・・・・・・?」
 鋭い視線でヒコを見てくる。
「あんたには関係ないことですよ。とにかく、うちの弟に手を出さないでもらえませんかね。うちのフミは純情なんだ。男女交際ですらフミの許容範囲を超えてるのに、そこに男から言い寄られるなんてことは常識の範囲外ですからね。フミの思考回路がおかしくなったら困るでしょうが」
「・・・・・・そうだね。男同士でさえ認められないんだから、兄弟同士なんてありえないよね。まさか君もそこまで愚かじゃないよね」
 じっと伺うようにしてヒコを見てくる朝倉に、ヒコは内心でムカつきながら、ニッコリと笑い返した。
「一生あなたには関係ないことですから、口を出さないでくださいね。今度うちの弟にちょっかいかけたら、新聞部にネタを売りますからね。生徒会長が男に、しかも嫌がる後輩に手を出したなんてあまり聞こえがよくないでしょう?それが嫌なから行動を謹んで欲しいですね」
「生徒会長の任期なんてあと少しなんだから、別に僕は構わないよ。ま、ただし新聞部がそのネタを買ってくれるならの話だけどね」
 自信満々に朝倉が言う。
 そんな脅しは効かないとばかりにニヤリと笑う。
 すでに新聞部には手を回してあるということなのだろうか?
ヒコはギリリと歯を噛み締めた。
 殴りたい衝動を押さえつけると、息を静かに吐き出した。
「クレージーですね、先輩。マジであんたには関わりたくないですよ、俺は」
 ヒコはそう言いながら、どんどんと歩いて行ってしまっているフミとユキの後姿に視線を移す。
 このまま朝倉と仲良く登校するのも冗談ではないが、朝倉をフミに近づけるわけにも行かず、ヒコはフミとユキの姿が見えなくなるまで、朝倉とにらみ合っていた。


 学校に一足先についたフミは、心配げについてこようとしたユキを丁重に断り、五組へと急いだ。
 今日の昼休みは一緒に弁当を食べる約束をしている加藤紗枝に断りを入れるためにだ。
 一晩中、考えた。
 自分が彼女と交際しようと決めたのは、ヒコから逃げるためで、都合よく現れた彼女を利用しようとしたからだ。
 そんなひどいことをしてしまったくせに、フミは自覚していなかった。
 藁にもすがる思いで彼女にすがったけれど、それはフミを真剣に好きでいてくれる加藤紗枝にとってはひどい話以外の何者でもない。
「おはよう、山上くん」
 五組の教室にたどりつくと、ちょうど加藤紗枝が登校してきたところだったらしく、教室に入る前に捕まえることができた。
 呼び出しなどをして五組の男子連中に冷やかされたりしなくて良かったと、フミは内心ホッとする。
 加藤紗枝は昨日できたばっかりの自分の恋人をまぶしそうに、照れくさそうにして見ながら、それでも綺麗な笑みであいさつをしてくれた。
 ズキリとフミの心臓が痛む。
 昨日みたいなタイミングじゃなかったら、きっと告白されたことは嬉しくて、もっと一生懸命に考えて返事をしただろうけれど、今の自分にはその余裕がない。
 自分のことだけで手一杯なのだ。
 加藤紗枝の気持ちまで考えてあげる余裕がフミにはまったくなかった。
「おはよう・・・・・・あのさ、話があるんだけど」
「何?お昼の待ち合わせの場所とか?」
 無邪気にフミに微笑んでくる。
「・・・・・・昼、昼飯俺持ってくるの忘れちゃって、で、えっと、その学食で食べるから、今日はその、別々で・・・・・・えと」
 しどろもどろと言葉を口にするフミに、加藤紗枝は嬉しそうに笑った。
「大丈夫。私お弁当作ってきたんだ。二人分ね。彼氏ができたら自分の手作りのお弁当食べてもらうのが夢だったから。もし山上くんがお弁当持ってきてても、男の子だから二つぐらい食べれるだろうと思って、無理やり作ってきてたの。ちょうど良かったわ」
「・・・・・・あ、そうなんだ。そりゃ楽しみ・・・・だな。じゃあ、昼休みに」
「うん、昼休みにね。教室まで迎えに来てくれる?」
 甘えたようにねだる加藤紗枝に、フミは頷くしかなかった。
 どうしてちゃんと断れないんだっ!と内心の自分は優柔不断な自分に対して怒っていたけれども、とうとうフミはそれを表に出すことはできなかった。
 満面の笑みの加藤紗枝に見送られて、とぼとぼと教室へと戻っていく。
 自分のあまりの不甲斐なさに落ち込むフミは、その後ろ姿を、遅れて登校してきたヒコと朝倉の二人が睨むように見つめていることに気づく余裕などまったくなかった。



  


【つづく】



★う〜ん。あんまり進まなくてすいません。
 鈍いな、加藤紗枝(^-^;)
 いや、わざと気づかないふりをしているしたたかな女なのかもしれません(笑)
 登場人物が二人以上になると息切れをしてしまう私です(笑)
 漫画がかけたらなぁ〜といつも登場人物が増えるたびに思いますね(^-^;)ハハハ


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