【バレンタイン戦争】

バレンタインの翌日
 
「おい、フミ、起きろよ、朝だぞ」
 いつものようにユキがフミを起こす。
 寝覚めが悪いはずのフミが、今日は黙っておとなしくムクリと体を起こす。
 顔を覗き込むとうさぎのような赤い目をしていた。
 どうやら、一晩中考え事をしていて眠れなかったようだ。
「大丈夫かよ?眠れなかったのか?」
「ん・・・・・・だいじょう・・・・・・ぶ」
 今頃眠気が襲ってきているのか、何度も目をこすりつつうつらうつらしている。
「今日は学校休むか?おふくろに言っとこうか?」
「・・・・・・いい、行く。今日も加藤と約束してるから・・・・・・せめて約束ぐらいは守んないと」
 真面目なフミは、頑として譲らない。
 きっと加藤紗枝とのつきあいを断るために、彼女を傷つけないためにどうやったらいいのかを考えていたのだろう。
 そしていつもならそれを相談できるはずのヒコのことを。
「そっか」
 ユキは何も言えず、ポンと優しくフミの頭を叩いた。
 ノソノソの着替えをすませると、フミは先に降りていったユキの後を追うために、動きたくないとダダをこねる体中に叱咤しながら、なんとか階段を下りる。
 下ではいつもと変わらない様子でヒコが新聞を見ながらコーヒーを飲んでいた。
「・・・・・・」
 無言で席についたフミにヒコは視線をピタリと止めると、すばやく寝不足な様子に気づいた。
「おはよう。眠れなかったのか?」
「・・・・・・ん」
 極力ヒコとの会話は避けようとしているのか、フミはヒコの方を見もしないで返事を小さく返す。
「ほら、食えよ、フミ」
 いつもならフミの用意したパンを横から盗るくせに、今日はユキが気を利かせてフミの分の朝食を用意して目の前に置く。
 隣に当然のように腰掛けながら、ヒコに視線をよこした。
 あんまりフミに構うなという意味をこめて。
「さんきゅう〜ユキ。ユキがこんな親切だと気味が悪いけどな」
 ユキにはいつもと同じように軽口を叩く。
 それをヒコがどんな目で見ているのかも気づかないで、フミは眠そうな目をこすりこすりパンを食べていた。
 新聞に目を通す振りをしながら、ヒコはフミの様子をそっと伺う。
 ユキしか今のフミに逃げ場はないけれど、そういう状態にしたのは自分だし、それを利用してユキを抑えているのは自分なのだけれど、実際にフミがユキだけに笑いかけるのはハラワタが煮えくり返る気分になる。
 いつもああやってフミを心配して手を差し伸べるのは常にヒコの役目だったからだ。
 それを譲り渡してでもフミを手に入れると決めたけれど、完全に手中に収めるまでは何度もこんな思いを味わうのかと思うとため息が知らず漏れる。
 ヒコが小さくため息をもらすと、フミがビクリと反応した。
「ご、ごちそうさま!もうこんな時間じゃん!?」
 慌ててパンを全部口に放り込んでしまうと、やけくそのようにコーヒーをがぶ飲みして席を立ち上がった。
 ユキがやっぱり当然のようにフミにコートを手渡したり、マフラーを結んでやったりと、今までヒコがしていた役目を全部してやっている。
 玄関で靴を履き、ユキがコートを取りにいくために一瞬リビングに戻った隙に、ヒコはフミの側に忍び寄った。
「な、何!?」
 いつの間にか真後ろに立っていたヒコに、驚いたフミはあからさまに警戒心を顕にヒコを見てくる。
体はヒコを拒絶するようにピキンと固まったまま後ろへと腰が引けている。
 思わずヒコの胸内には苦い思いがわいてくる。
 それでもひとつ吐息を吐き出した後には、見事なまでにニッコリと甘やかに恋人にだけみせる笑顔をフミに向けた。
「ついてるぞ、パンくず」
 そういうと、すばやくフミの顎に手をかけ、頬についているパンくずを自分の舌で掬い取る。
 愛撫のようなそのしぐさに、フミは顔を真っ赤にしたまま硬直してしまった。
「お待たせ」
 そのまま数秒間硬直していたフミだが、ユキの声をきき、真っ赤な顔を隠すように慌てて玄関を飛び出す。
 玄関に取り残されたヒコとユキ。
 ユキは二人の雰囲気を敏感に察知して、じろりとヒコを睨んだ。
「フミにそんな簡単に手を出すなよな。あいつは純情なんだぞ。お前のその悪魔のような迫り方は心臓に悪い、やめろよな」
「ふんっ。しばらくは良き兄貴に徹することにしたようだな、ユキ」
 あきらかに面白くなさそうなヒコの言葉に、ユキはにんまりと優越感に微笑む。
「誰かさんのポストががら空きなんでね、こっちもそれをせいぜい利用させてもらうからな。可愛いよなぁ〜俺にしか甘えてこないフミってさ。ケケ」
 わざとヒコを煽るように意地悪い笑いを張り付かせて、ユキがフミの後を追うべく玄関を出た。
 内心、苛々とした気分を引きずるヒコも仕方なくその後に続く。
 が、二人は玄関を一歩出て同時に固まってしまった。
 目の前ではフミが男に抱きしめられていたのだ。
「やぁ、おはよう、山上くんたち。いい朝だね」
 さわやかにフミを抱きしめたままあいさつをしてくる男は、にっくき朝倉。
 ヒコとユキに同時に睨まれていてもまったく意に介したふうもなく、腕の中で暴れるフミを難なく抱きしめたままである。
 彼には常識というものが通じないらしい。
 そこが往来の真ん中であるとか、人の玄関先であるとか・・・・・・。
 おはようのキスまでしようとした朝倉に、フミは渾身の力をこめてパンチをお見舞いしたのだった。

  


【つづく】



★神様!ようやく朝倉様登場でございます。
なんだかカッコイイ生徒会長からかけはなれたキャラクターになってきます(-.-;)
恐るべき間男。
私ならヒコを敵になんて回したくないわぁ〜。
でも彼にはどんどん活躍していってもらいましょう!(笑)
そして可哀想な加藤紗枝。
彼女という一番すばらしい立場にいながら、またまた登場しそこねました。


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