【バレンタイン戦争】

バレンタイン前夜
すやすやと寝息を立てて熟睡している三男坊貴文のベッドの横で、何やら難しい表情を作ってぼそぼそと誰かが話しこんでいる。
向かい合う二人は印象はまったく違うけれども、顔の造作はほぼ同じ。
そしてベッドで眠っている三男坊もほぼ同じ顔。
ただ二人よりも若干幼く見えるけれど・・・・・・・。
そう、彼らは三つ子なのである。
長男貴彦、通称ヒコ。
頭脳明晰、長男らしいしっかりものの彼は、常に三人の中の主導権を握っている。
次男貴之、通称ユキ。
短気で喧嘩っ早いけれども、正義感溢れる親分気質。
参謀がヒコならば、実行するのがユキという感じで二人がタッグを組めば、天下無敵である。
そして何も知らずにすやすや眠りつづけている三男貴文、通称フミ。
長男次男に溺愛されて育ってきたせいか、少々甘ったれ気味であるけれども、お人よしで素直な愛すべき末っ子である。

「で、どうだった?」
 眠るフミに気付かれないように、ひそりとヒコがユキに訊く。
「三人てとこだな・・・・・・二組の鈴木由香、同じく二組の前川恭子、で一番やばい本命が五組の加藤紗枝」
「五組の加藤紗枝か・・・・・・そいつはやばいな。フミはああいう女に弱い」
「どこがいいんだか。あんな何にもできません私って感じのヨワッチイ女がさ。ああいうのほど腹の中じゃ何考えてるのかわかんねーからな」
「フミはお前と違って純粋だからな。そんな人の裏なんか考えたりしないんだよ。そこがフミのいいところだ」
「それで騙されてりゃ世話ないだろうが。だから危なかしくて放っとけないんだよ、フミは」
「同感だな」
「で、どうすりゃいいんだよ?」
「フミは誰にも渡さない。男も女もフミに近づくものは排除するに決まってるだろ」
「いつも温厚なヒコもフミのことになったら怖いねぇ」
「言っとくけど、それにはお前も含まれてるんだからな、肝に銘じておけよ」
「その言葉そっくり返すぜ、ヒコ」
 二人はしばらく無言のままでお互いを睨み合うようにしていたが、生まれてから17年間、同じ主張を繰り返してきて、結局決着は未だについていないのだから、不毛な争いはいったんおいとこうというのか、どちらからともなく視線を外すとそのままフミを挟んで両側のベッドへともぐりこんで眠ることにしたようだ。

「起きろ、フミ!朝だぞ」
「・・・・・・・」
 寝ぼけ眼を何度もこすりながら、枕もとの時計をみると、いつも起きる時間よりまだ三十分も早い。
 それなのに、もう一度寝ようとしたフミを、ユキが怖い顔をしてたたき起こすのだ。
「眠るな、起きろっ!」
「三十分も早いじゃん・・・・・・まだもう少し寝ててもいいだろう?」
「駄目だ、今日は早く学校に行かないと駄目なんだよ」
「・・・・・・なんで?」
「何ででも。いいからさっさと起きろ」
 眠い目をこすりこすりしながら、フミは渋々とベッドから抜け出した。
 ユキが素早く服を投げて寄越す。
 それにぼんやりとしながら手を通し、階下に降りると、キッチンでは優雅にヒコが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「おはよう〜」
「遅いぞ。早く朝飯を食べろ、フミ」
「なんだよ、ヒコもユキもなんで今日に限ってそんな急がすわけ?今日って何かあるのか?」
「お前、日直だったろう、今日。忘れたのか?」
「・・・・・そうだったっけ?」
 眠い頭の中を一生懸命探ってみるけれども、ちっともそんな覚えがない。
 けれど、ヒコが言うのだから間違いなく自分は日直なのだろうとフミは納得して頷く。
「そうだ、だから早くしろ」
 チラリとフミに視線を一度寄越すと、またヒコは新聞に目を通し始めた。
 キッチンではいつもより早い時間のためか、母が忙しそうに三人分の弁当を急いで作っている。
 フミが自分の分の朝食を運びながら席につくと、ちょうど降りてきたユキも素早く隣に腰掛けた。
 一口パンに齧りついたフミの手から、さっと食パンを奪ってしまう。
「あ、やめろよユキ!自分の分は自分で用意しろよ!」
「毎朝起こしてやってるんだから、パンぐらいくれたって罰はあたんねーぞ」
 そのままおいしそうにぺろりと食パンを平らげてしまう。
「あ〜っ!?ひどいぞ、俺の分がなくなったじゃねーか!」
「うるさいぞ、お前ら。ほら、フミ、これ食え」
 新聞を読みながらだったせいか、まだ食事途中だったヒコが自分の皿に乗っていたパンをフミに差し出した。
「食いかけじゃん。ひでぇ」
「文句言うなら、もう一度用意しろよ。時間があればだけどな」
 小さくクスリと笑いをもらしながら、ヒコが言う。
 その目は挑戦的にユキを見ていることに、フミは気付かず、ぶつぶつと文句を言いながらもヒコのくれた食べかけのパンに齧りついた。
「人の食いかけ食べて間接キスだなんて可愛いこと考えてるんじゃないぞ、ユキ」
 ヒコはフミには聞こえないように、小声でユキに小さく囁いた。
 ユキが悔しそうに小さく歯噛みする。
「ん?なんか言ったか、ヒコ?」
 食べることに夢中になっていたフミが、パンをほおばりながら顔をあげてヒコに尋ねたが、ヒコは何でもないように笑ってみせた。
「いや・・・・・・別にそれより急げ。十分には出るぞ」
「げっ!?あと五分じゃんか!?顔洗ってくるから待っててくれよな」
 コーヒーをがぶ飲みし、乱暴に席を立ってフミが洗面所へと慌てて入っていった。
 それを見送ったうえで、ユキがヒコを睨む。
「てめぇだって一緒じゃねーかよ。自分の食べかけわざとらしく残しといて、俺がフミの取るの分かってて置いといたんだろうが」
「お前が取らなきゃ自分で食べてたさ。腹をすかしたフミなんて可哀想で見てられないだろうが?」
「いい子ぶってんじゃねーぞ、ヒコ!フミがお前のこと疑わないからって日直だなんて嘘ついて騙すのは可哀想じゃねーってのかよ!?」
「馬鹿が・・・・・・大きい声を出すな。フミに聞こえたらどうする?」
 ヒコがユキを睨んで会話を止めさせた瞬間、パタパタと急ぎ足のフミがキッチンへと戻ってきた。
「お待たせ〜ん?何だ、お前ら?喧嘩か?」
 ヒコを睨むユキの険悪なムードに、フミが心配そうに首を傾げる。
「何でもない。時間が間に合わないからユキにも急ぐように言っていただけだ。用意できたのか、フミ?」
 静かに新聞をたたみ、テーブルのすみに置くと、ヒコが出かける準備を促す。
 コートを着てマフラー片手にフミはヒコの側にトコトコと歩いて行った。
「ヒコ、マフラー巻いて」
「まだうまく巻けないのか?後ろでこうやって結ぶだけでいいって言っただろう?」
 苦笑を洩らしながら、ヒコがフミの手からマフラーを受け取った。
 フミは当たり前のようにヒコの側で首だけを「ん、」という感じに伸ばしてくる。
 傍から見るとまるで恋人にキスをねだっているかのようにも見えかねない。
 なぜなら、彼らの身長差は同じ三つ子なのに約十センチほどある。
 ユキもヒコぐらいの身長で、フミの背だけが伸び悩んでいるのだ。
 これはフミのコンプレックスでもある。
 身長差をいかして、フミの前からヒコが抱きしめるような感じで後ろへとマフラーをまわして結んでやる。
「ヒコ、フミ、早く行かねーと時間がねーぞ!」
 ユキが二人をしきりに急かす。
 バタバタと出かける息子たちに母が急いで弁当を手渡す。
「行ってきま〜す」
 フミの元気のいい声が響くと、扉は勢いよく開かれた。
「・・・・・・行くとするか」
「いっちょ、気合入れて行こうじゃねーの」
バレンタイン当日。
今日はヒコとユキにとっては学校は戦場である。
 気合十分に出かける二人に気付かずに、フミはいつもの通りに二人に挟まれて元気に出かけていったのである。


【つづく】



★ 続き物にしてしまいました(^−^;)
お許しください、神様(木本様)!
バレンタインに完結した短編をお届けする予定だったのですが、時間と構成の都合でなんだか長い話にまたもやなってしまいそうです(苦笑)
できるだけ短く終われたらいいなぁ・・・と思っているのですが、とりあえずバレンタインプレゼントとして第一話をお届けします。またなんかリクエストありましたら、遠慮なくいってくださいませ〜。
しばらくこの「バレンタイン戦争」にお付き合いくださいね。て始まりがバレンタイン当日だから、どんどん続けば続くほど季節はずれになっていくんだけど(^−^;)
どうしてもバレンタインの話が書きたかったのですぅ〜(^−^;)えへへ。
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